【医師向け】術後の回復を早めたいとき──“気血両虚”と補剤の活用法

術後の回復を早めたいとき──“気血両虚”と補剤の活用法

手術が無事に終了しても、その後の回復過程で「思ったより元気が戻らない」「創部の治癒が遅い」「食欲が戻らない」などの訴えが続くことは、臨床の現場でしばしば見受けられます。
栄養管理やリハビリテーションが進んでいても、患者の主観的回復感に乖離がある場合、補助的なアプローチとして漢方の導入が検討されることがあります。

中医学では、こうした状態を「気血両虚(きけつりょうきょ)」と捉え、気(エネルギー)と血(栄養物質)が同時に不足している病態と見立てます。
本稿では、術後回復期における気血両虚の診立てと、補剤の活用戦略についてご紹介いたします。

中医学における「気血両虚」の概念

中医学では、「気」は生命活動を推進するエネルギー、「血」は組織を栄養する物質とされ、それぞれが相互に生成・支持する関係にあります。
手術という侵襲行為は、身体にとっては“出血と気の消耗”を同時に引き起こすものであり、その後の回復過程では、これらの再構築が求められます。

気血両虚の代表的な症状には、以下のような所見がみられます:

  • 倦怠感、息切れ、食欲不振
  • 顔色が悪く、脈が虚弱・舌が淡
  • 創部の治癒遅延、寝汗、不眠、冷え
  • 術後出血の既往/抗癌治療との併存例

代表的な補剤とその特徴

術後の病態や体質に応じて、以下のような方剤が用いられます。

方剤 適応傾向 特徴
補中益気湯 倦怠感・食思不振・創部治癒遅延 気虚+中気下陥を補う。昇陽作用あり。
十全大補湯 全身消耗・出血後・化学療法後 気血を同時に補う代表処方。癌術後にも。
人参養栄湯 術後の不安・食思不振・ADL低下 補気補血+安神作用。精神面も含む疲弊に。
帰脾湯 出血後の倦怠・不眠・動悸・消化不良 心脾両虚証に適応。脾統血の回復も図る。

術後回復過程に応じた処方選択

  • 開腹術後で創傷治癒が遅い:補中益気湯(体力低下+気の下陥)
  • 癌手術後・抗癌治療中:十全大補湯(全身衰弱・長期免疫低下)
  • 高齢者・術後フレイル傾向:人参養栄湯(精神疲労・社会的孤立も背景に)
  • 消化不良・心身の不安が強い:帰脾湯(不眠・抑うつを伴うタイプ)

方剤の選択に際しては、単に術式ではなく、術後の経過、体質、栄養状態、精神面、既往症などを含めた包括的評価が重要です。

周術期の漢方導入と実務上の注意点

  • 導入のタイミングは「食欲・排便が安定した時期」が目安
  • 補血剤(当帰・地黄)含有製剤の併用時は、抗凝固薬の有無に注意
  • 甘草含有量に留意し、電解質(K)バランスのモニタリングを
  • 嚥下・消化力が低下している場合は、エキス剤より煎剤・半量投与から開始

栄養療法、点滴から経口摂取への移行期において、消化吸収のサポートとして補剤を導入することで、回復への移行速度が高まる可能性があります。

終わりに

術後の回復を妨げているのが感染や再出血ではなく、「回復力の鈍さ」「元気が戻らない」という身体感覚である場合、中医学の“気血両虚”という診立ては一つの有効な視座となり得ます。

補剤の導入は、西洋医学的介入を否定するものではなく、むしろそれを補完し、患者のQOL回復を多面的に支える手段の一つです。
栄養指導・ADL再建と連携しながら、非侵襲的かつ個別化しやすい漢方補剤の活用は、術後ケアの選択肢を広げるものとしてご検討いただければ幸いです。

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