“慢性化する証”の背景にある病機構造──慢性疾患対応の処方選定戦略

“慢性化する証”の背景にある病機構造──慢性疾患対応の処方選定戦略

不眠、慢性便秘、冷え、慢性疲労、皮膚炎、月経異常──
多くの患者が「慢性的な症状」に悩みながら受診しています。
こうした状態に対して漢方処方を行う際、中医学的には“証の慢性化”という現象を理解し、病機構造の時間的変化を視野に入れる必要があります。

本稿では、なぜ証が慢性化するのか、どのように構造が固定化されていくのかを明らかにし、
慢性病機に対応する中医的処方選定戦略を症例とともに解説いたします。

1. “慢性化する証”とは何か

中医学における“証”は、常に流動的・動的なものである一方、長期の病状や不適切な処置により、証が固定化し、再弁証でも変わらなくなることがあります。これを「慢性化した証」と呼びます。

  • 気虚 → 脾虚 → 脾陽虚+痰湿化 → 冷え・むくみ・膨満
  • 肝鬱 → 気滞 → 気血失調 → 月経異常+瘀血形成
  • 陰虚 → 虚熱 → 陰損及陽 → 不眠+のぼせ+動悸

慢性化した証は、多くの場合“複合化”かつ“二次病機を伴う”ため、単純な補剤や瀉剤では対応困難になります。

2. 慢性化する主な病機構造

初期病機 慢性化後の構造 典型的症状
脾気虚 脾陽虚+痰湿内停 食欲不振・膨満・下痢・冷え・浮腫
肝鬱気滞 肝鬱血虚・瘀血内停 PMS・月経異常・抑うつ・肩こり
陰虚 陰虚火旺→陰損及陽 不眠・焦燥・寝汗・動悸・微熱
気滞+痰湿 痰湿阻絡+気鬱化火 慢性咳嗽・皮膚炎・過敏・咽頭違和感

3. 処方戦略:慢性病機への対応原則

  1. ① 病機の“二層構造”を読む:本証+誘発要素を分ける
  2. ② 補法・瀉法のバランス設計:虚実混在に応じた処方構成
  3. ③ 合方・加減の柔軟運用:単剤での処理にこだわらない
  4. ④ 証の“時間的変化”を前提とする処方PDCA

処方は「現時点の証」に加えて、「変化の方向性(補法→活血→理気など)」まで含めて設計される必要があります。

4. 症例で学ぶ:慢性化証の構造と処方

■ 症例1:脾気虚→脾陽虚+痰湿

主訴:慢性倦怠・下痢・膨満・浮腫
舌:淡胖・白膩苔/脈:滑細

【弁証】
本証:脾陽虚
副証:痰湿阻中

【治法】
温補脾陽・化湿利水

【処方】
真武湯+苓桂朮甘湯(合方)
→ 初期で浮腫改善、その後補中益気湯へ切替

■ 症例2:肝鬱気滞→血虚+瘀血

主訴:月経不順・月経困難・情緒不安

【弁証】
本証:肝鬱気滞+血虚
副証:瘀血・脾虚傾向

【処方】
加味逍遙散+桂枝茯苓丸+帰脾湯(構造的合方)
→ 疏肝+補血+活血を段階投与

■ 症例3:陰虚火旺→陰損及陽

主訴:不眠・口渇・焦燥・寝汗・下肢冷え

【弁証】
本証:陰虚
副証:陰損及陽(陽気の不足も顕在)

【治法】
滋陰清熱・固陽扶正

【処方】
知柏地黄丸+酸棗仁湯+附子少量加味
→ 陰陽併補の設計が奏功

5. 処方構築の“構造設計図”を使う

【診断構造】
主証:脾陽虚/副証:痰湿・瘀血
【治法設計】
温中健脾・化湿利水・活血散結
【方剤構成】
真武湯+温胆湯+桂枝茯苓丸(分段合方)
【投与戦略】
第1週:真武湯+温胆湯 → 第2週以降:活血併用

6. 処方PDCAと“慢性構造の追跡”

処方は「一発勝負」ではなく、段階ごとの評価・更新が基本です。

  • P:四診+慢性化構造の読解
  • D:治法・処方設計(合方・加減)
  • C:主訴・舌脈・証の推移を記録
  • A:治法変更/副証処理開始/減方・切替

このプロセスを継続することで、慢性証が“ほどける”タイミングを見逃さず対応可能になります。

7. 処方選定フレームワーク(簡略表)

慢性証 方剤例 戦略
脾陽虚+痰湿 真武湯+苓桂朮甘湯 温補+利水化痰
肝鬱+瘀血+血虚 加味逍遙散+桂枝茯苓丸+帰脾湯 疏肝・補血・活血の段階設計
陰虚+陰損及陽 知柏地黄丸+酸棗仁湯+附子加味 滋陰・安神+固陽(慎重に)

8. 終わりに

慢性化した証は、単に時間が長いだけでなく、病機構造が複層的・錯綜的に絡み合っている状態です。
この複雑さに対応するためには、診断構造の可視化・治法の階層設計・処方の再構築力が求められます。

本稿が、「なぜ効かないのか」「どこから解いていくか」を考えるための構造的ヒントとなり、
慢性疾患における中医処方の設計力向上の一助となれば幸いです。

この記事の分類

error: このコンテンツのコピーは禁止されています。