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処方効果の“評価指標”をどう持つか──弁証のPDCAを回す方法論
「処方が効いたかどうか、何をもって判断すべきか」──
現代の臨床において、漢方診療の成果は時に「曖昧」とされ、エビデンスの不明瞭さが課題とされることがあります。
しかし中医学では、効果を「症状改善」だけでなく、証の構造変化・舌脈・全体調和をもって判断します。
本稿では、中医処方の評価を可視化し、診断と処方の改善サイクル(PDCA)を回すための技術を体系的に解説いたします。
1. なぜ“評価指標”が必要なのか
処方の効果を判断できなければ、診断の修正もできず、処方の適応確認も不可能となります。
以下のような課題が多く見られます:
- 効果の判断が主観的になりやすい
- 再診時に評価項目がバラバラ
- 再弁証の根拠が残らない
- チーム医療・教育で共有しにくい
よって、漢方診療においても再現性のある“評価指標”が必須となります。
2. 評価すべき5つの観察項目
- 主訴の変化:症状の強度・頻度・生活への影響度
- 証構造の変化:主証/副証の顕在化または解消
- 舌所見の変化:苔の厚さ、色、潤い、舌質
- 脈状の変化:滑・弦・細・遅・数などの変動
- 体力・精神状態の回復傾向:QOL、活力、睡眠、気分
とくに舌・脈・証構造の変化は、主観バイアスを回避する上で重要です。
3. 証構造の“変化”をどう捉えるか
証は時間経過とともに「顕在化」または「退行」します。
以下は、代表的な証変化と解釈例です。
変化の型 | 臨床的観察 | 解釈・対応 |
---|---|---|
主証改善・副証顕在化 | 疲労回復→浮腫/月経痛が明確に | 副証(瘀血など)を処理するタイミング |
証交替 | 気虚→陰虚(寝汗・舌紅) | 治法を補気→養陰へシフト |
誤証の露呈 | 補中益気湯で膨満悪化 | 誤診:痰湿が未評価だった → 温胆湯併用 |
4. 舌診・脈診を“定点評価”する
舌脈情報は、客観的かつ継時的に変化を見る上で重要です。
📌 舌診記録テンプレート(例)
【初診】 舌:淡胖・白膩苔・歯痕あり(脾気虚+痰湿) 【再診1】 舌:淡胖・苔薄白・潤(痰湿軽減) 【再診2】 舌:淡紅・裂紋・苔少(陰虚化傾向あり)
📌 脈診記録テンプレート(例)
【初診】滑・弦・やや沈 【再診1】滑・やや浮 【再診2】細・数(陰虚化)
こうした舌脈変化から、証の推移に応じて処方の再構築が可能になります。
5. PDCAモデル:中医的診療循環の枠組み
中医学の処方診療におけるPDCAとは:
段階 | 内容 | 関連要素 |
---|---|---|
P(Plan) | 四診→弁証→治法→方剤 | 診断構造/治療方針/処方構成 |
D(Do) | 処方投与+生活指導 | 補剤/瀉剤/合方・加減 |
C(Check) | 再診評価:症状・舌脈・副作用 | 評価指標(症状+所見) |
A(Act) | 再弁証・再処方・治法変更 | 証の更新/治法切替/減方・合方 |
6. ケースで学ぶ:評価と処方調整の流れ
■ 症例1:疲労・浮腫・月経不順
【初診弁証】脾気虚+痰湿 【処方】六君子湯+温胆湯 【再診評価】 症状:浮腫軽減、疲労残存、月経不順続く 舌:白膩苔→薄白/脈:滑→やや浮 【再弁証】主証改善、副証(瘀血)顕在化 【修正処方】六君子湯+桂枝茯苓丸
■ 症例2:不眠・ほてり・焦燥
【初診弁証】心脾両虚 【処方】加味帰脾湯 【再診評価】 症状:不眠悪化、寝汗出現、頬紅 舌:紅・乾・裂紋/脈:細数 【再弁証】陰虚火旺 【修正処方】知柏地黄丸+酸棗仁湯
7. 記録フォーマットで再評価をルーチン化する
以下のテンプレートで再評価を構造化します。
【処方後評価】 ・主訴変化: ・副訴の出現/増減: ・舌所見変化: ・脈状変化: ・証の変化構造(更新仮説): ・新治法案: ・処方調整案:
8. 教育・共有における評価指標の意義
統合医療・漢方外来・チーム医療において、処方評価の構造化は以下の効果があります:
- 診断と処方の対応関係が可視化される
- 複数の医師・薬剤師・看護師と共有しやすい
- 教育現場でのフィードバックと再学習が可能
9. 終わりに
処方の「評価」を言語化し構造化することは、中医学の診療において最も“臨床的な思考力”を要求される工程です。
そこには単なる「効いた/効かない」ではなく、「証がどう変化したか」「次に何をするか」という臨床の設計力が求められます。
本稿が、医師として“処方に責任を持つ”ための評価技法の一助となり、弁証のPDCAを着実に回す支援となれば幸いです。
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- シリーズ分類:プロ向け上級シリーズ