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証がズレるとき──“誤証・変証・遷証”を読み解く診断再構築の技法
「漢方が効かない」という状況に直面したとき、中医学では処方の強弱ではなく「証のズレ」を最初に疑います。
証がズレていれば、どんな名方も無効です。逆に、証を正しく捉え直すことができれば、少量の方剤でも症状が劇的に改善することがあります。
本稿では、証がズレる原因を構造的に整理し、「誤証・変証・遷証」という分類とともに、再弁証・再処方のための臨床技法を提示します。
1. なぜ“効かない”のか──証がズレる3つのメカニズム
中医学では「証=体内の病機構造」であり、正確な証に基づいた処方でなければ効きません。証がズレるパターンは主に以下の3つです:
分類 | 説明 | 代表例 |
---|---|---|
誤証(ごしょう) | 初期診断そのものが誤っていた | 実証を虚証と誤り補剤を処方→悪化 |
変証(へんしょう) | 時間経過で証が移行した | 風寒咳が数日後に痰湿咳に変化 |
遷証(せんしょう) | 服薬や生活養生により新たな病機が発生 | 補中益気湯で胃もたれ悪化→湿熱証が誘発 |
2. 再弁証のアルゴリズム──“今の証”に再アクセスする
- ① 症状の再確認:主訴の変化、悪化部位、軽快の傾向
- ② 問診更新:食欲、排便、発汗、冷熱、睡眠の変化を聴取
- ③ 舌診:苔の質・量、舌色、形、瘀点、湿潤or乾燥
- ④ 脈診:弦・滑・細・数・虚実などの変化
- ⑤ 環境要因:食生活、ストレス、寒熱曝露など
「証は時間で動くもの」として前提に置くことで、固定観念を避け柔軟な処方再設計が可能になります。
3. よくあるズレと修正パターン
ズレの構造 | 誤処方 | 修正処方 | 見抜くポイント |
---|---|---|---|
虚証と見誤った実証 | 補中益気湯 | 香蘇散、平胃散 | 苔厚・脈滑・便秘・腹満 |
寒証と誤認された陰虚 | 附子理中湯 | 麦門冬湯、滋陰降火湯 | 寝汗、口渇、頬紅、舌紅乾 |
気虚+実邪を虚証単独と誤る | 六君子湯 | 六君子湯+半夏瀉心湯 | 脘痞・食積・舌苔厚膩 |
4. 修正処方の思考技術──組み替え・スライド・縮小
- 構造の組み替え:理気剤や瀉剤の追加でバランスを補正
- 証のスライド:脾虚 → 脾肺気虚 → 気陰両虚などの連続的修正
- 方剤の縮小:作用が強すぎた場合、半量・単味に近づける
- 合方設計:加減法で補う or 病位を跨ぐ合方(例:補中益気湯+麦門冬湯)
再処方は“前の証を否定せず、更新する”という姿勢で構築されます。
5. “証ズレを前提とした診療設計”のすすめ
- 初診時から「2週間後に再弁証」する前提で構える
- 方剤は“仮説”であり、検証と修正が前提
- 問診票・舌診・経過シートをセットで運用する
- 処方ごとの目的と評価指標(ex. 便通・舌・睡眠)を明示
終わりに
証がズレるのは避けがたいことです。大切なのは、“ズレを認め、修正する構造的な技術”を持つこと。
証を再定義できる医師は、症状の変化に応じて治療を最適化できる柔軟さを備えています。
本稿が、「効かない処方」を単なる失敗で終わらせず、次の一手を導く臨床知として機能することを願っております。
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