疲れがとれない患者に何を処方するか──“脾虚”という視座

疲れがとれない患者に何を処方するか──“脾虚”という視座

疲労を主訴に来院する患者は、臨床のあらゆる現場で日常的に遭遇されていることと存じます。
明確な器質的疾患が否定されても、訴えが強く生活機能に支障を来すケースでは、医師として介入の在り方に悩まれる場面もあるのではないでしょうか。

中医学では、こうした病態に対して「脾虚(ひきょ)」という視座からの評価が行われます。
本稿では、中医学の理論に基づく診立てと処方選択の枠組みをご紹介しながら、現代臨床に応用可能なヒントを検討いたします。

中医学における「脾」とは

中医学における「脾」は、消化吸収機能の中心であるだけでなく、気血の生成や血管の保持、思考活動の支えとしても位置づけられています。
とくに「脾は後天の本」「気血生化の源」とされ、体力や回復力の基盤に深く関与すると考えられています。

このため、以下のような訴えがある場合、中医学では「脾虚」の存在を一つの可能性として見立ての俎上に置きます:

  • 疲れやすい・四肢のだるさが持続する
  • 食欲不振・食後の膨満感・軟便傾向
  • 顔色がやや黄色く、声に力がない
  • 舌が淡く、舌苔が白く薄い/脈が緩・虚

こうした徴候は、脾の運化機能の低下によって体内に十分な「気」が供給されず、全身の代謝・循環が低下している状態と理解されます。

疲労の背景にある中医学的病機

疲労という主訴一つをとっても、中医学ではその背景を多角的に整理します。以下に、代表的な分類を簡略化して示します:

分類 典型的な所見 病機の捉え方
脾気虚 疲労+食欲不振・軟便・四肢倦怠 消化吸収機能の低下による気血不足
気陰両虚 疲労+口渇・動悸・不眠 慢性疾患や消耗後の体液・エネルギー不足
肝鬱気滞 疲労+抑うつ感・胸脇部の張り ストレス起因の自律神経的失調

ここでは「脾気虚」を中心にご紹介しますが、実際には上記のような病機が単独あるいは複合していることも少なくありません。

臨床応用:脾虚を主とする処方群

脾虚に対しては、消化吸収機能とエネルギー生成を補うことを目的とした「補気健脾」処方が選択されます。代表的なものを以下に整理いたします。

  • 四君子湯:中医学における基本補気処方。構成は人参・白朮・茯苓・甘草。慢性疲労や虚弱体質に。
  • 六君子湯:四君子湯に陳皮・半夏を加えた構成。胃内に痰湿(水湿の停滞)を伴うケースに適応。
  • 補中益気湯:気の下陥(脱肛、子宮下垂、慢性咳嗽など)に対応。昇提作用を持つ柴胡・升麻を含む。
  • 帰脾湯:疲労に加え、不眠・動悸・月経過多などが見られる場合。脾不統血や心神不安への応用が考えられる。
  • 十全大補湯:術後・長期療養後・癌治療後の体力低下など、気血両虚+寒象がみられるケースに。

処方の選択においては、症状の持続期間、患者の体格・舌脈所見、消化力、寒熱虚実などを複合的に判断する必要があります。
また、現代医学的治療との併用においても、補剤は慢性疾患のQOL維持や多剤投与の副作用対策の一助となる可能性があります。

終わりに──疲労の陰にある構造をどう捉えるか

疲労という主訴は、しばしば診療の中で後景に追いやられがちですが、患者の生活の質に直結する重要な問題です。
中医学の視点を補助的に加えることで、見逃されてきた身体の“構造的な失調”に気づく手がかりが得られることもあります。

「脾虚」という診立ては、診断がつかない疲労の背景を整理するひとつのモデルであり、臨床思考の幅を広げるための補助線となる可能性があります。
ぜひ先生方のご専門の診療の中で、こうした視座を折にふれてご活用いただければ幸いに存じます。

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