“虚実寒熱”の4象をどう判断し、処方に活かすか──中医学の構造的分類法

“虚実寒熱”の4象をどう判断し、処方に活かすか──中医学の構造的分類法

「この患者は虚証なのか?」「寒熱どちらを主体に診るべきか?」──
中医学診療を行う医師にとって、虚・実・寒・熱の4象(ししょう)は診断と処方をつなぐ根幹にあたる構造判断軸です。

しかし、複雑な現代の患者では「虚中の実」「寒熱交錯」「実証だが慢性」など、明確な4象分類が難しいケースも多く見られます。

本稿では、四象の構造的理解と診断技術、さらに処方構成との論理的接続法を、
臨床の観点からわかりやすく整理し、症例ベースで活用法まで展開いたします。

1. なぜ“四象”が中医学診断の基本構造なのか

中医学では、病の本質を「虚」「実」「寒」「熱」の4つの状態として把握します。
これがいわゆる「四象」であり、以下のように区分されます。

  • 虚証正気(体力・恒常性)の不足による病態(気虚・血虚・陰虚・陽虚)
  • 実証邪気(病因)の亢進・停滞による病態(痰湿・瘀血・気滞・熱邪など)
  • 寒証:機能低下・代謝鈍化・冷え(陽虚・外寒侵襲など)
  • 熱証:亢進・炎症・口渇・のぼせ(実熱・虚熱いずれも含む)

中医診断の基本は、まずこの4象を判断し、その後に気血津液・臓腑病機などの詳細へ進みます。
逆に言えば、四象の判断が狂えば、すべての診断と処方がズレてしまいます。

2. 各象の特徴と誤診されやすいパターン

分類 主な所見 誤診されやすい例
虚証 倦怠感、食欲低下、軟便、息切れ、寝汗、舌淡、脈細 元気そうな人に見える虚(気虚・陰虚)
実証 膨満、疼痛、怒りっぽさ、痰が多い、苔厚、脈滑・実 虚実交錯や慢性経過の実証を虚と誤る
寒証 四肢冷、白色分泌物、清涼志向、便溏、脈遅 陽虚と寒邪の鑑別誤り
熱証 発熱、口渇、便秘、尿濃、舌紅、脈数 虚熱と実熱の混同

3. 判断のための四診情報整理法

虚実寒熱の判断は、問診と舌・脈診によって構造的に把握されます。

  • 問診:冷熱感、疲労の有無、疼痛の性質、便通、睡眠、情緒
  • 舌診:色(淡=虚/紅=熱)、苔(白=寒/黄=熱)、形状(胖=虚/瘀点=瘀血)
  • 脈診:細=虚、弦=気滞、滑=痰湿、遅=寒、数=熱

特に虚実は「反応性(強さ)と残存機能(体力)」のバランスで判断し、
寒熱は「代謝方向と局所所見(舌・便・尿・分泌物)」で判断します。

4. 四象マトリクスによる処方選定モデル

診断の四象と処方の機能分類を結びつけて考えます。

主な治法 代表的処方
補気・補血・養陰・温陽 補中益気湯、十全大補湯、六味丸、八味丸
瀉火・清熱・化痰・理気・活血 黄連解毒湯、温胆湯、桂枝茯苓丸、柴胡疎肝散
温裏・散寒・温陽 附子理中湯、真武湯、桂枝湯
清熱・涼血・瀉火・養陰 白虎加人参湯、黄連解毒湯、知柏地黄丸

5. 複合証における象の階層化

多くの症例では「虚熱」「実寒」などが混在し、四象の単独分類では処理しきれません。
この場合、階層構造(主象/副象)を明示し、どの象を中心に治療を構築するかを明らかにする必要があります。

■ 例:腎陰虚+虚熱+瘀血

  • 主象:虚証(腎陰虚)
  • 副象:熱証(虚熱)+実証(瘀血)
  • 治法:滋陰清熱+活血(六味丸+知柏+桂枝茯苓丸)

6. 症例で学ぶ“象”の使い方

■ 症例1:虚実交錯(気虚+瘀血)

→ 主証:気虚、補中益気湯を軸に、桂枝茯苓丸を併用

■ 症例2:実証急性型(熱証)

→ 主証:熱、銀翹散、黄連解毒湯などで清熱瀉火

■ 症例3:虚寒+痰湿

→ 真武湯+温胆湯を合方(温補と化痰を併用)

■ 症例4:陰虚+実熱

→ 主証:陰虚、六味丸+知柏で虚熱処理、急性期には白虎湯系で熱下げる

7. 終わりに

中医診断のすべては「虚実寒熱」の構造判断から始まります。
四象を見誤れば、どんな詳細な弁証も、どれだけ適切な方剤知識も、空回りしてしまいます。

本稿が、日々の臨床において「まず四象から」という判断リズムを取り戻すきっかけとなり、処方選定の精度と説明力を高める一助となれば幸いです。

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