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はじめに:症状の“根っこ”を読む中医学の力
現場でしばしば遭遇する「原因不明の不調」——めまい、倦怠感、冷え、動悸など、検査値には表れないが患者のQOLを確実に損なう症状群。その背景に、いかにして“根っこ”を見出すかは、薬剤師・登録販売者にとって日常業務の中核です。
中医学では、「五臓六腑」のネットワークと気血水の動態によって、こうした不調の背景を立体的に把握することが可能です。
本稿では、五臓六腑の基本的理解から、症状とのマッピング、弁証的視点での解釈、さらに臓腑別のケア指針に至るまで、臨床応用を前提に体系的に解説します。
1. 五臓六腑の中医学的機能理解
中医学における「臓腑」とは、西洋医学における解剖学的臓器ではなく、生理的・病理的機能単位としての概念です。各臓腑は単独で機能するのではなく、経絡・気血津液・感情・感覚器官と連携した機能ネットワークを構成します。
五臓(肝・心・脾・肺・腎)
- 肝:疏泄と蔵血を主る。情志・筋・目・月経に関与。
- 心:血脈と神志を主る。意識・睡眠・精神活動を統括。
- 脾:運化と昇清を主る。消化吸収・気血生成・筋肉に関与。
- 肺:宣発と粛降を主る。気の生成・皮膚・鼻・水分調整。
- 腎:蔵精と水の代謝を主る。成長・生殖・老化・骨・耳と関連。
六腑(胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦)
- 主に消化吸収・排泄・気機調整を担い、臓と表裏関係を形成。
2. 症状×五臓マッピングと病機解釈
以下に臨床で頻出する症状と、関連する五臓の対応関係、病機解釈をまとめます。
2-1. めまい・立ちくらみ
- 脾気虚:清陽が昇らず、脳に栄養が届かない。
- 腎精不足:髄海が不足し、脳の養いが失調。
- 肝陽上亢:肝腎陰虚により肝陽が亢進、頭部に気が逆上。
2-2. 動悸・不眠・不安感
- 心血不足:神を養う血が不足し、神志不安となる。
- 腎陰虚:心腎不交。陰虚による心火亢進。
- 脾気虚:気血生化が不足し、心神を支えられない。
2-3. 倦怠感・無気力
- 脾気虚:運化機能低下により、気血生化不足。
- 腎陽虚:命門火衰により全身的活力が減退。
- 肺気虚:宣発粛降失調による気の巡りの低下。
2-4. 冷え・むくみ・下痢
- 脾陽虚:水湿をさばけず、寒湿内停。
- 腎陽虚:水火不済による寒象と水分貯留。
- 肺気虚:水道失調、上焦での水分調整失敗。
3. 臓腑別チェックリストと予測病機
臨床で使用可能な問診用チェックリストを臓腑別に提示します。該当数が多い項目は、当該臓の虚損または実証の可能性を示唆します。
肝
- 情緒の変動が激しい/肩こり/月経異常/目の充血・疲れ
心
- 不眠/動悸/焦燥感/舌尖紅
脾
- 食欲低下/泥状便/内出血傾向/舌に歯痕/易疲労性
肺
- 咳嗽/鼻炎/アレルギー/声枯れ/風邪に罹りやすい
腎
- 耳鳴/腰膝のだるさ/冷え/性機能低下/頻尿/発育不全
4. 臓腑別ケア戦略:漢方処方・食養・経穴
肝系
- 代表処方:柴胡疎肝湯、加味逍遙散、丹梔逍遙散
- 経穴:太衝、期門、陽陵泉
心系
- 代表処方:酸棗仁湯、天王補心丹、朱砂安神丸
- 経穴:神門、内関、心兪
脾系
- 代表処方:補中益気湯、六君子湯、帰脾湯
- 経穴:足三里、中脘、脾兪
肺系
- 代表処方:麦門冬湯、衛益顆粒、桂枝湯
- 経穴:尺沢、肺兪、迎香
腎系
- 代表処方:八味地黄丸、六味地黄丸、右帰丸、知柏地黄丸
- 経穴:腎兪、命門、太渓
5. 実務応用:問診・弁証・セルフケア導入
中医学的視点をOTC相談に組み込む場合、弁証を「診断」とせず、傾向把握とセルフケア助言の範囲に留めることが重要です。
- 問診時の表現:「こういったタイプの方は、脾が弱りやすい傾向があります」
- OTC提案:「この処方は、気虚傾向のある方によく用いられます」
- 養生助言:「胃腸が弱りやすい時期は、甘味・温性の食材を取り入れてみてください」
こうした言語化の工夫により、法令順守とプロフェッショナルな対応の両立が可能です。
まとめ:五臓を通じて“原因不明”を可視化する
不調に「名前をつける」のではなく、「構造を捉える」——それが中医学の本質です。
西洋医学の限界を補完し、患者の納得と信頼を得る手段として、五臓六腑マッピングは薬剤師・登録販売者の現場において極めて有用です。
特定の臓腑を起点に、養生指導・OTC提案・生活習慣改善までを体系化する力を、ぜひ身につけていただければ幸いです。
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- シリーズ分類:プロ向け上級シリーズ