【薬剤師/登販向け】煎じ薬とエキス剤の違い―臨床的効果と服薬アドヒアランス

目次

第1章:煎じ薬とエキス剤の“基礎構造”と抽出過程の違い

漢方薬には「煎じ薬(湯剤)」と「エキス製剤(顆粒剤・細粒剤)」という二つの主要な製剤形態があります。
両者は見た目や服用のしやすさだけでなく、有効成分の抽出性・含有量・安定性など、多くの点で本質的に異なります。

1-1. 煎じ薬(湯剤)の特徴

  • 調製方法:複数の生薬を水に入れて煮出し、成分を抽出
  • 使用時:その場で煎じて飲む、または煎じ液を事前に調製
  • 利点:生薬の揮発性成分や脂溶性成分まで取り出せる可能性
  • 欠点:調製に手間と時間がかかる、服薬継続率が低下しやすい

1-2. エキス製剤の特徴

  • 調製方法:煎じ液を濃縮・噴霧乾燥し、顆粒や細粒に加工
  • 使用時:湯や水に溶かして服用。携帯性・利便性が高い
  • 利点:調剤・服薬が簡便、保険収載されており臨床で広く用いられる
  • 欠点:製造過程で一部の成分が失活または低減することがある

1-3. 有効成分の抽出性と差異

煎じ薬は、生薬本来の風味・粘性・色素・揮発油成分を含むため、処方本来の“チューニング”が効きやすいとされます。
一方でエキス剤は、生薬の「抽出可能な部分」のみが含まれるため、同一処方でも「体感」に差が出ることが臨床上も多く報告されています。

1-4. 生薬の煎出性と処方構成の相性

たとえば以下のような成分は、煎じ薬でより効果的に抽出されると考えられています。

  • 揮発性成分:薄荷・蘇葉・桂皮などの芳香性生薬
  • 粘質成分:阿膠・膠飴・麦門冬などの滋潤性生薬
  • 油脂性成分:麻子仁・桃仁・杏仁などの種実類

これらの成分を含む処方では、煎じ薬がより原典に忠実な効果を示す可能性があると考えられます。

1-5. 製剤設計と臨床現場の橋渡し

薬剤師や登録販売者として重要なのは、「剤型に応じた作用のブレ幅」を認識し、それを患者や医師に適切に説明できるスキルです。
製剤工学・抽出化学・薬効薬理に基づいた視点を持つことは、漢方相談の信頼性を一層高めます。

第2章:同一処方でも異なる?臨床効果の差異とその要因

「同じ八味地黄丸なのに、煎じ薬だとしっかり効いた」「エキス剤だと軽くしか感じない」——
このような臨床経験は、現場の薬剤師や登録販売者の間でも頻繁に報告されています。ここでは、製剤による効果差の要因を薬理的・中医学的に整理します。

2-1. 煎じ薬は“証”との一致度が高い

煎じ薬は、生薬それぞれの性質(寒熱・昇降・潤燥など)をリアルに反映するため、証との整合性を緻密に再現できるという特長があります。
一方エキス剤は、製造工程の都合上、一部の揮発性成分や油脂性成分が含まれにくく、薬効に“丸み”や“弱さ”が出ることがあります。

2-2. 吸収性と製剤設計の観点

煎じ薬は液体のため胃内での溶解が不要であり、吸収までがスムーズです。また、粘質性成分が粘膜に作用する時間も長く、局所的な作用を持続しやすいという特徴があります。
エキス剤は顆粒化・細粒化されており溶解性は高いものの、熱加工により一部活性が失われる可能性があります。

2-3. 実例:柴胡剤とエキス剤の違い

代表的な柴胡剤である小柴胡湯柴胡加竜骨牡蛎湯は、煎じの温度と順番により成分変化が著しいとされています。特に、

  • 柴胡のサポニン成分(溶血性)
  • 桂皮・半夏などの精油・粘質成分

これらの含有率が変動すると、作用の強さや適応の幅が異なることが臨床で確認されています。
そのため、「煎じで効果が強すぎる→エキス剤に切り替える」「反応が鈍い→煎じへ移行する」という使い分けが実践されています。

2-4. 医師・患者への伝え方の工夫

効果差を説明する際は、以下のようなフレーズが役立ちます:

  • 「エキス剤は有効成分を標準化していますが、煎じ薬はより細やかな体質対応が可能です」
  • 「成分抽出の幅や深さが違うため、感じ方に個人差が出やすいです」
  • 「急性症状にはエキス剤、慢性疾患や繊細な証には煎じ薬をおすすめすることもあります」

“どちらが上か”ではなく、“どちらが合うか”という視点で提示することが、納得感を高めるコツです。

第3章:アドヒアランスと継続性の視点でみる剤型選択

漢方薬の効果を得るうえで欠かせないのが「一定期間の継続服用」です。
その中で、剤型(煎じ薬/エキス剤)はアドヒアランス(服薬遵守)に大きな影響を与える要因です。

3-1. 煎じ薬の継続を阻む要因

煎じ薬は、以下の点で患者にとってハードルが高いことが知られています。

  • 煎じ時間:毎回30~60分程度の煎じ作業が必要
  • 臭気・味:慣れない漢方特有の匂いや苦味が続けづらい要因に
  • 携帯不可:外出先や職場での服用が困難
  • 保管性:冷蔵保存・衛生管理の必要性がある

これにより、生活背景やモチベーションが影響しやすく、脱落率が高い傾向にあります。

3-2. エキス剤の利便性と適応力

エキス剤は以下の点で服薬継続の助けとなります。

  • 服用準備が簡単で、数秒〜1分以内に完了
  • 1包単位の包装により、用量ミスが起きにくい
  • 持ち運び可能で、外出先でも服用継続がしやすい

これらは現代のライフスタイルに適合しやすく、患者満足度を高める要素となります。

3-3. どのように“継続しやすさ”を評価するか

剤型選択にあたっては、次のような観点で患者背景を評価します。

  • ライフスタイル(仕事・家庭・移動の多さ)
  • 服薬へのモチベーション(自覚症状の強さ・危機感)
  • サポート体制(家族の協力、煎じ機の有無)
  • 味覚・嗅覚の過敏性(吐き気・苦味の耐性)

こうした要因を加味し、「継続しやすさ」をあらかじめ見積もることで、途中中断による治療機会損失を防ぐことができます。

3-4. ケーススタディ:80代女性・慢性便秘への対応

ある80代女性、慢性便秘で黄芩湯ベースの処方を希望。
当初は煎じ薬でしっかり効果が見られたが、1ヶ月後に「煎じが面倒」として中止。
エキス剤に切り替えたところ、服用継続できQOLが維持された。
このように、“少し効果が落ちても継続できる”方が長期的には有効という例も少なくありません。

第4章:現場での使い分け実践―処方意図と患者背景の両立

剤型選択は、薬効の最大化服薬継続性の両立を前提としたバランス判断が求められます。
中医学的“証”や疾患ステージ、患者の背景や希望をふまえ、煎じ薬 or エキス剤の最適な適応を探る必要があります。

4-1. 証の複雑性と精緻さが求められるときは「煎じ薬」

  • 証の変化が早く、処方を細かく調整する必要があるとき
  • 気血水・寒熱・虚実のバランスが微妙なとき
  • 揮発性成分や粘質成分が治療の要となるとき

たとえば、肝鬱化火・気滞血瘀・陰虚火旺など、複雑で多層的な病機の場合、
煎じ薬はその繊細な「設計意図」を反映できるため、弁証論治との親和性が高くなります

4-2. 慢性疾患や補剤の長期投与では「エキス剤」

  • 補中益気湯・六君子湯・八味地黄丸・六味地黄丸 など
  • 慢性疾患・虚証で長期投与が前提
  • 服薬の簡便さを優先し、脱落リスクを抑える

補剤では即効性よりも“継続”が重要視されるため、エキス剤で確実に飲んでもらう方が、臨床的にも優位なことが多くあります。

4-3. 年齢や生活環境による使い分け

患者属性 おすすめ剤型 理由
高齢者 エキス剤 簡便性・服薬アドヒアランスを優先
短期集中治療を希望 煎じ薬 揮発成分など即効性・実感性に期待
妊婦・授乳婦 煎じ薬(慎重調整) 成分調整が柔軟にできる
仕事・育児が多忙 エキス剤 携帯性・時短性で継続しやすい

4-4. 医師連携・処方提案時の視点

病院で漢方処方が出される場合、ほぼ全例エキス剤であり、煎じ薬は外注調製または院外処方が必要です。
そのため、院内での処方継続を希望する場合は、エキス剤で問題ないことを確認することが重要です。

  • 「煎じにこだわらず、まずエキス剤で十分な反応が出るかを見たい」
  • 「精緻な弁証が可能なら、煎じでの調整を検討しても良い」

このように、医療者間の役割分担と患者ニーズのバランスがカギを握ります。

第5章:医師・患者への提案時の注意点―“煎じ”にこだわりすぎない視点

煎じ薬を臨床で導入する際には、医師・患者双方への情報提供と合意形成が不可欠です。
一方で、“煎じ薬こそが本物”という思い込みが強すぎると、現場の実際と乖離した提案となる危険もあります。

5-1. 医師に対してのコミュニケーション

保険診療の現場では、エキス剤をベースとした処方設計が基本です。煎じ薬は外注または自費対応となるケースが多いため、以下のような表現が適切です:

  • 「本処方は煎じの方が効果を実感しやすい症例もありますが、まずはエキス剤で反応を見る方針も一般的です」
  • 「煎じ薬であれば〇〇成分の抽出量が増えますが、エキス剤でも一定の効果は確認されています」

あくまで処方意図を補完する情報提供にとどめ、処方権を侵さないスタンスが重要です。

5-2. 患者への説明時の注意点

患者に対しては、次のような視点で情報提供を行うことが推奨されます:

  • 「手間と効果」のバランスを本人と話し合う
  • 体験談や実例を交え、納得感を高める
  • 継続困難な場合の“戻し道”を提示する

例:
「煎じは効果が高いと感じる方もいますが、手間が負担になる方もいます。まず2週間だけ試してみて、合わなければ戻すこともできます」
このような“出口のある提案”が、患者の挑戦意欲と安心感の両立に繋がります。

5-3. 「比較して納得」を促すことが継続につながる

煎じ薬をすすめる場合も、エキス剤との違いを選択肢として並列提示することで、患者自身に選ばせる構図を作ります:

項目 煎じ薬 エキス剤
効果実感 出やすい(特に急性期) マイルド、継続で効果
準備・手間 高い 低い
携帯性 不可 高い
費用 やや高額(自費含む) 保険対応が多い

このように「違い」を明示し、本人の意向・生活環境を尊重した剤型選択が望ましいといえます。

第6章:法令・制度と製剤選択の注意点

剤型選択にあたっては、薬機法・保険制度・調剤規定といった実務的な制約も考慮する必要があります。
特に煎じ薬の取り扱いには、院内・院外・外注・自費などのパターンによって実務が大きく異なります。

6-1. 保険適用の範囲と留意点

  • エキス製剤:厚労省承認(ツムラ・クラシエなど)に限り保険適用
  • 煎じ薬:病院によっては保険調剤可能だが、院外では原則自費

例えば、医療機関が院内で煎じ薬を調製できる体制を持っていれば、保険下での調剤が可能です。
一方、外部調剤薬局や漢方専門薬局で煎じ薬を扱う場合、多くは保険外(自費)となります。

6-2. OTC販売における法令順守

登録販売者・薬剤師による煎じ薬の販売は、以下の点に注意が必要です:

  • 煎じ薬は薬局製造販売医薬品(薬局製剤)に該当する場合あり
  • 個別調製の際は製造許可・GMP対応が必要
  • エキス製剤はOTC指定製品であり、一般用として販売可能

顆粒エキス剤は製品としての安定性と表示基準を満たすため、安全性・法令順守の観点でも扱いやすい剤型です。

6-3. 医療現場での混合制限と実務影響

近年、エキス製剤の「混合調剤」に制限が設けられるようになっており、「原則2製剤まで」や「3剤以上は理由書添付」など、厳格化が進んでいます。

煎じ薬はこの制限の対象外となるため、複雑な証に対して柔軟な対応が可能という利点がありますが、調製負担や保険適用の限界があるため、導入には慎重な判断が必要です。

6-4. 薬局内での調製設備と人員体制

  • 煎じ機、分包機、滅菌対策の設備が必要
  • 薬剤師による秤量・記録・保存管理が必須
  • 保健所・厚労省への製造届出が必要なケースも

薬局が煎じ薬の調製を行う場合、製剤管理・品質管理・衛生管理のすべてにおいて薬機法の監査対象となります。
導入する場合は組織的整備と人員教育が不可欠です。

第7章:まとめ|製剤の違いを見極め、現場で活かす

煎じ薬とエキス剤——同じ漢方処方でも、その“形”が変われば、作用にも、服薬にも、制度対応にも大きな違いが生じます。
薬剤師・登録販売者としては、製剤ごとの特性・利点・限界を理解した上で、患者や医師に対して現実的かつ納得感のある提案を行うことが求められます。

7-1. 製剤選択に必要な4つの視点

  1. 製剤工学的視点:抽出性・成分保持・吸収性の違い
  2. 中医学的視点:証との一致度・変化対応の柔軟性
  3. 服薬行動学的視点:継続のしやすさ、生活への適合性
  4. 制度的視点:保険適用・製造体制・法令順守

これらのバランスを見極めながら、「どちらが効くか」ではなく「誰に、どんな時に、どちらが合うか」を判断するセンスが求められます。

7-2. 現場で生きる製剤知識へ

最後に、読者の皆さまが明日からの業務で活かせるよう、次の3点を意識していただければ幸いです。

  • “煎じ”も“エキス”も、目的に応じた手段である
  • 患者の生活と気持ちを、剤型選択にしっかり反映させる
  • 知識だけでなく、会話と信頼関係のなかで選ばせる

薬剤師・登録販売者としての視点と中医学の知見、そして患者支援の想いが重なったとき、製剤選択はただの「形式」ではなく、治療戦略そのものになります。
日々の漢方相談の中で、ぜひ本記事の内容をお役立てください。

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