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“証を記録する”という技術──電子カルテで使える弁証テンプレート
中医学の診断は「弁証」に始まり、「論治(処方)」に至ります。
しかし、日常臨床において弁証の内容をどのようにカルテに記載し、評価・修正・継続するかは、体系的に整理されていないのが現状です。
本稿では、中医学的診断(証)をどのように電子カルテに記録するか──そのための**記録技法とテンプレート設計**を解説します。
臨床の再現性、教育性、検証性を高めるために、「弁証の記録」は極めて重要です。
1. 証を“記録すべき診断単位”として捉える
現代医学では「ICDコード」「診断名」「SOAP」が記録の基本単位です。
中医学では「証」がその役割を担いますが、多くの場合“印象的に書かれているだけ”で、他者が再評価・継時比較できる形式にはなっていません。
証を記録化する目的:
- 処方理由の根拠を明確にする
- 症状の経過と証の推移を紐づけて追える
- 他医師・多職種と中医学的所見を共有できる
- 再診時の“再弁証”に役立つ
2. 電子カルテに記載できる“弁証テンプレート”構造
以下は、再現性の高い弁証記録フォーマットです:
- 主訴:倦怠感、食欲低下、便溏、めまい、など
- 証の仮説:脾気虚+湿滞
- 弁証根拠:
- 問診:疲労感(+)、軟便(+)、食後の膨満感(+)
- 舌診:淡胖、白膩苔
- 脈診:滑脈、虚
- 構造分析:虚実:虚>実/寒熱:やや寒/主証:脾気虚、副証:痰湿
- 治法・処方方針:補気健脾・化湿止痰(六君子湯)
- 次回再評価指標:倦怠・苔の厚さ・排便性状
このように“証の構造・根拠・目的・再評価項目”を明記することで、カルテが“診断の論理展開図”として機能します。
3. 弁証記録のデジタル化メリット
- 処方の妥当性を第三者が検証できる
- 経過観察時に「証の変化」が見える
- 再診時の“修正弁証”が容易
- 研修医・学生の指導に使える
- 方剤反応と証構造の“因果検証”が可能
特に“弁証と処方を結ぶロジック”が記録されることで、診療の透明性と再現性が飛躍的に向上します。
4. 実践例:記録と再評価の一連プロセス
■ 初診カルテ記載(脾虚+痰湿)
- 舌:淡胖+白膩苔/脈:滑・虚
- 処方:六君子湯/2週間後再診予定
■ 2週間後再診時
- 便通改善/膨満感軽減/苔薄化
- 証:脾虚は残存、痰湿は軽減 → 補中益気湯へ漸進変更
- 記録:証構造の変化、処方戦略の調整内容
→ 経時的な「証の構造変化」が記録されることで、診療プロセスが“証単位で追える”ようになります。
5. 弁証記録のフォーマット案(定型文化も可能)
【証】脾気虚+湿滞 【根拠】舌:淡胖+白膩苔/脈:滑虚/症状:倦怠・軟便・膨満 【治法】補気健脾・化湿 【方剤】六君子湯(ツムラ43) 【経過観察指標】食欲・苔の変化・排便性状 【次回評価予定】2週間後
この形式は、定型文として電子カルテ登録・テンプレート化も可能です。
終わりに
中医診断は“感覚”や“印象”ではなく、“構造的な仮説と検証”によって成り立つ診療技術です。
その中心にある「証」を、いかに記録し、継時的に追い、再評価につなげていくか──
それこそが、現代医師が中医学を臨床に活用するための第一歩であり、教育・指導・検証を支える基盤ともなります。
本稿がその記録技術の整理と応用の一助となれば幸いです。
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シリーズ: 医師・薬剤師向け記事シリーズ