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急性期に漢方をどう使うか──表証・寒熱の見極めと対応指針
発熱、咽頭痛、咳嗽、関節痛、胃腸炎──
急性期の症状に対して中医学的な漢方処方が有効である場面は多くあります。
とりわけ、感冒・急性消化器症状・蕁麻疹・発作性疼痛などでは、初期介入によって症状の“抜け”が早まることも少なくありません。
中医学ではこうした初期症状を「表証(ひょうしょう)」と呼び、さらに寒熱の別によって適応処方を判断します。
本稿では、急性期における漢方の安全かつ的確な使い方と、表寒・表熱の鑑別指針を実例とともに解説します。
1. 表証とは何か──“外から入った邪”の初期反応
表証とは、中医学における発症初期の反応であり、風邪・寒邪・熱邪などの外因が体表を犯した段階を指します。
代表的な症状には以下が含まれます:
- 悪寒・発熱(同時に存在)
- 頭痛・項部硬直・筋肉痛
- 鼻水・咳嗽・無汗または有汗
- 脈浮・舌苔薄白
表証は「衛気」が外邪と交戦している状態であり、補うのではなく“邪を追い出す”発散治療が基本方針となります。
2. 寒熱の鑑別ポイントと弁証フレーム
分類 | 表寒証 | 表熱証 |
---|---|---|
悪寒と発熱 | 悪寒が強く、発熱軽度 | 発熱が主、悪寒軽度またはなし |
汗 | 無汗 | 微汗または有汗 |
咽頭 | 疼痛なし/軽度 | 咽痛・発赤あり |
鼻汁 | 透明・水様 | 黄色・粘性 |
舌苔 | 薄白 | 薄黄 |
脈 | 浮・緊 | 浮・数 |
3. 表寒・表熱に対する基本処方と運用法
処方 | 証 | 適応症状 |
---|---|---|
麻黄湯 | 表寒実証(無汗・悪寒強) | 発熱、悪寒、咳、体痛、無汗 |
桂枝湯 | 表寒虚証(有汗・風邪侵入) | 発熱、悪寒、自然発汗、脈浮緩 |
葛根湯 | 表寒+項背拘急 | 悪寒・項部の強ばり・肩こり |
銀翹散 | 表熱証(発熱・咽痛) | 発熱・喉の痛み・乾咳・苔黄 |
麻杏甘石湯 | 風熱+肺熱 | 咳・発熱・呼吸促迫・黄痰 |
※麻黄含有処方は高血圧・高齢者には慎重に用量調整が必要です。
4. 急性期症状に対する中医処方設計の原則
- 補剤は禁忌:補中益気湯・十全大補湯などは表邪が残っている時期には避ける
- “外邪を抜く”ことが優先:表寒には発汗解表、表熱には清熱解毒が基本
- 短期集中投与:3~5日間での反応を見る。長期使用は体力消耗のリスク
- 症状が消えても“残邪”を見逃さない:咳、寝汗、舌苔残存などに注意
5. 臨床ケース:表証弁証による初期対応例
症例:悪寒・発熱・咳(無汗)
- 所見:脈浮・苔白・肩背部痛・咽頭異常なし
- 診断:表寒実証 → 麻黄湯を2日間投与
- 結果:発汗とともに解熱・咳軽減 → 3日目に終了
症例:発熱・喉の腫れ・微汗・乾咳
- 所見:脈数・苔薄黄・頬紅・口渇
- 診断:風熱表証 → 銀翹散+麦門冬湯
- 結果:喉症状軽快後、残る乾咳に麦門冬湯を継続
終わりに
漢方は「慢性疾患に使うもの」と思われがちですが、中医学の原点はむしろ急性期の弁証即応にあります。
発症初期における表証・寒熱の見極めができれば、処方はシンプルかつ高い効果を発揮し、治癒までの時間を短縮する可能性があります。
本稿が、「補剤中心」の処方から一歩進んだ“初期介入型の漢方戦略”への入り口となり、
日常臨床における急性症状への中医学的対応の一助となれば幸いです。
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シリーズ分類: 医師・薬剤師向け記事シリーズ