抑肝散|怒り・興奮・神経過敏に寄り添う“肝風内動”の中核処方
「イライラしやすい」「怒りを抑えられない」「子どもの癇が強い」──そんな状態にしばしば処方される抑肝散。
高齢者の認知症BPSDから小児の夜泣き・チック、不眠、神経症まで、神経の高ぶりに対応する代表的な方剤です。
本記事では、薬剤師として抑肝散を正しく使いこなすために必要な、構成意図・配合理論・証・服薬指導・副作用・製剤の違い・入手法まで徹底的に解説します。
📘 基本情報と構成生薬
- 名称:抑肝散(よくかんさん)
- 出典:和剤局方(宋代)→日本では本朝経験方として発展
- 分類:平肝熄風・疏肝安神剤
- 構成生薬:柴胡、釣藤鈎、当帰、川芎、白朮、茯苓、甘草
🔍 主治と治法|何に効くか?どう効かせるか?
中医学的には「肝気亢進」「肝風内動」「肝血不足」に対する治療が中心です。
🧪 ユニットと配合原則
- 柴胡+釣藤鈎:疏肝+熄風(肝気と肝風の鎮静)
- 当帰+川芎:補血・活血・鎮静(肝血の不足を補う)
- 白朮+茯苓:補脾・利湿(情緒安定の土台)
- 甘草:調和(副作用防止・全体の調整)
甘草の使用は全体のバランスと胃腸負担軽減を兼ねた設計です。
🔬 中薬配合理論と証の成立
- 相須:柴胡+釣藤鈎=怒り・興奮の沈静化を強化
- 相使:白朮+茯苓=補脾安神の土台を築く
- 相畏:甘草が柴胡や川芎の偏りを中和
証としては「肝気亢進」「肝風内動」に「血虚」「脾虚」が重なった虚実錯雑証です。
📌 証と適応判断の実際
- 適応証:怒りっぽさ、神経過敏、不眠、歯ぎしり、夜泣き
- 非適応:体力が旺盛な実証、強い熱証、高血圧性の頭痛には慎重に
- 舌:やや紅、苔薄白/脈:弦やや細
📊 和漢製剤と中医学の違い
日本における抑肝散は、主に江戸時代以降の「本朝経験方」として確立されました。
一方、中国の中医学古典には“抑肝散”という名の同一構成処方は存在せず、肝風内動に対する熄風鎮静方として「天麻鈎藤飲」「羚角鉤藤湯」などが使用される傾向があります。
つまり、抑肝散は中医学を日本の臨床経験と組み合わせて再構成された「和漢的応用方剤」といえます。
📦 入手方法と製剤情報
- 医療用:ツムラ82番、クラシエ、コタロー(保険適応)
- OTC:抑肝散は一部の製品で第2類医薬品として販売あり(例:クラシエ抑肝散エキス錠など)
- 漢方薬局:煎じ薬やオーダーメイド調剤での入手も可能
📊 製剤別の比較とOTC入手
- 医療用:ツムラ82、クラシエ、コタローなど(処方箋が必要)
- OTC製剤:一部市販あり(第2類医薬品)
- 漢方薬局:煎じ・粉末タイプでの処方調剤も広く行われる
💊 副作用と注意点
- 偽アルドステロン症:長期使用や高齢者では浮腫・高血圧に注意
- 肝機能障害・間質性肺炎:報告頻度は稀だが念のため注意喚起を
👨⚕️ 服薬指導のポイント
- イライラ、不眠、怒りっぽさに「穏やかに効くタイプの漢方薬」として説明
- 長期使用で甘草由来の副作用(浮腫・倦怠感)に注意
- 幼児・小児・高齢者への使用時は用量調整と観察が必要
🔁 他処方との鑑別・類方比較
- 抑肝散加陳皮半夏:胃腸症状や湿困が強い場合に適応
- 加味逍遙散:女性で肝鬱・血虚が前景にあり、より精神不安定が主訴の場合に有効
- 柴胡加竜骨牡蛎湯:体力がある実証に近い興奮・不眠症例で選択
🧾 使用例と医師との連携
- 認知症BPSD:夜間せん妄・怒り・幻覚などの抑制
- 小児疳症・夜泣き・チック症状:神経の高ぶりを抑制
- 神経質な不眠症・イライラタイプの更年期障害にも応用
医師の処方意図としては「神経性症状が目立ち、体力が低下気味な患者」において精神安定目的で使用されるケースが多くあります。
🔚 まとめ|怒りを抑える薬ではなく“興奮の地ならし”をする方剤
抑肝散は「怒りを抑える漢方薬」とよく言われますが、実際には「肝気の高ぶりによる精神不安定さを、体の土台から整える処方」です。
特に子どもや高齢者の“繊細さ”をケアする点で、中医学の「肝・脾・血・気」の複雑な関係を実感できる方剤といえるでしょう。
患者さんの訴えが漠然としていても、この処方を理解していれば「選択と説明」に自信が持てるはずです。