甘麦大棗湯|子どもの夜泣きから情緒不安まで、“心の動揺”を和らげる処方
突然泣き出す、眠れない、夢が多い、不安やヒステリー──心の安定を失ったような症状に使われるのが甘麦大棗湯です。
本方は、たった三味の構成ながら、心を穏やかに整える処方として古くから使われてきました。
本記事では、薬剤師が服薬指導・処方意図の理解・OTC提案に活かすために、構成、証、配合、生薬理論、副作用、製剤比較、他処方との鑑別までを詳しく解説します。
🧠 甘麦大棗湯という名前の由来
本方は、甘草・小麦・大棗という3味のみで構成されており、その全てが処方名に含まれています。
中医学における“甘味”は補益・緩和・精神安定を示し、これら3薬が「心神安定」「情緒の緩和」に特化していることから、極めて象徴的な名称です。
📘 基本情報と構成生薬
- 名称:甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)
- 出典:『金匱要略』婦人蔵躁門
- 分類:養心安神・補中益気・緩急止痛
- 構成生薬:甘草、小麦、大棗
🔍 主治と治法
中医学的には「心血虚」「心陰不足」「肝気上逆」など、心と肝の不調による精神・情緒症状をターゲットにします。
🧪 ユニット構造と配合意図
- 甘草:緩急止痛・調和諸薬・補中益気
- 小麦:養心安神・止汗・補虚熱
- 大棗:補中益気・和営養血・緩和作用
全体で「緩・補・安」の性質を併せ持ち、虚による心神の不安定を鎮めるシンプルな構造です。
🔬 配合理論と証の成立
- 相須:小麦+大棗:精神安定と胃腸補益の両立
- 相使:甘草が全体を調和しつつ、急迫を緩解
証型は「心陰虚」+「肝気不和」+「脾虚」の複合。虚証の心因性症状が中心です。
📌 証と適応判断
- 適応証:夜泣き、ヒステリー、驚きやすい、不安、不眠、癇癪、夢が多い
- 舌:淡紅・薄白苔/脈:細弱あるいは弦細
- NG症例:実証の興奮・熱性疾患・イライラを伴うタイプ
📊 和漢製剤と中医学の違い
本方は『金匱要略』出典であり、中国では小児夜泣きや女性の情緒症状、心陰虚に伴う多夢や焦躁に使用されます。
日本では「神経症・ヒステリー・BPSD・情緒不安」などに応用範囲が拡大されています。
📦 製剤別の比較とOTC入手
- ツムラ:86番(主に女性の神経症)
- クラシエ:エキス錠あり(神経過敏・不眠)
- 小太郎:夜泣き・BPSD向けに解釈された表示
- OTC:市販薬はごく一部。基本は医療用処方で対応
💊 副作用と注意点
- 甘草:偽アルドステロン症(浮腫・血圧上昇)に注意
- 糖分過多:小麦・大棗の補益性により、糖尿病患者には注意を要する
🔁 他処方との鑑別・類方比較
- 抑肝散:怒り・興奮・イライラが強く、やや実証向け
- 酸棗仁湯:心血虚・多夢・不眠に特化、虚証の大人向け
- 加味帰脾湯:精神不安+疲労感・食欲不振がある虚証者に
👨⚕️ 服薬指導のポイント
- 小児・高齢者・虚弱体質の不安・不眠に選ばれやすい処方
- 即効性より「穏やかな作用」と「安心感のある言葉づかい」を重視
- 甘草長期使用リスク・糖代謝の影響にも配慮を
🧾 使用例と処方医の意図
- 小児夜泣き・かんしゃく:精神不安+虚弱の証で
- 高齢者のBPSD:夜間せん妄・落ち着かないなどの背景に
- 神経質な女性の不眠・焦燥感に「穏やかな安定」を意識した処方
🔚 まとめ|“甘くてやさしい”心の漢方
甘麦大棗湯は、最少構成ながら“心のゆらぎ”に寄り添う方剤です。
虚証・心陰虚・精神過敏に伴う不眠や情緒不安に最適であり、服薬指導でも「やさしい処方」「体質にやさしい調整薬」と伝えることで安心感を提供できます。
小児・高齢者・女性の不安訴求に、“効かせる”のではなく“支える”漢方の選択肢として、現場で役立ててください。